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<title>神戸っこぶろぐ</title>
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<description>日記</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Fri, 16 Nov 2007 11:50:37 +0900</pubDate>
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<title>ひとりごと</title>
<description>何も無い空間はありえない。何も無いことがあるのだから。知識や思考力があれば、無は完成しない。もし知識や思考力がなかったとしても、無は完成しない。知識や思考力がなければ無かは分からないから。いや、、、。知識や思考力が無ければ無が分からないと言えば少し違うかもしれない。知識や思考力が無いところが無だったと仮定しよう。無をつかむのは当然、知識や思考力。でもつかめることができたならそこになにかあるのだ。いや、何もつかめなかったら無なのか？違う、有であってもつかめないものもある。いや、違う。有であればそれなりの雰囲気がつかめるはずだ。これで分かった。知識や思考力が無ければ無かは分からないのか。けれど、無か有を判断しようと、知識や思考力が足を踏み入れば知識や思考力が有になってしまう。じゃあ無はなんだ？これだけ考えても表せない。表せない？　本当はあるのだ。　なのに表せない。もしかしたら言葉のせいかもしれない。でもその言葉のせいにしようとしても、どうしてもできない。ここで僕の思いを聴いてくれている人は、全て言葉で聴いているのだ。じゃあどうして伝える？喋ろうったて言葉。　人と人とが通じ合うにはなんらかの媒体が必要なのか。その媒体が表現に制限を加える。そう思うと、なんでも不確かだ。確かなことは自分で、何も通さずに直接触れ合ったものの情報だけ。じゃあ身の回りはほとんど不確かじゃないか？でも、そうに決まっているのかもしれない。不確かなものを求めるのが有の使命なのだ。でもみな、求めるまま死を迎える。人の魂はあろうはずない有無を永遠に求めてゆくのか。今、僕は求めている。求めざるをえなくなっている。何故？人だから。</description>
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<pubDate>Wed, 02 Apr 2008 21:23:00 +0900</pubDate>

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<title>太陽</title>
<description>山の端に吸い込まれてゆく太陽が今日の記憶を呼び起こしていつもと変わらない日が嬉しくなったりするだからさ、太陽に「待ってくれ、待ってくれ。」って当然太陽は聞いてくれなくてただ、オレンジ色が闇に吸い込まれていくだけ太陽はいつでもそこにあって、地球が回っているだけの話だけれどそれを認めまいとするかのように「待ってくれ、待ってくれ。」って一番星が見えるまで粘っていた</description>
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<pubDate>Sat, 15 Mar 2008 01:09:00 +0900</pubDate>

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<title>太陽（朝日）</title>
<description>目覚まし時計に起こされるはずが朝日の光に起こされて両手を「ぐいっ」っと伸ばしてみたりする「よお、太陽。また会えたな。」気分のいい朝昨夜は雨だったのに、植木に水を与えてみたり目玉焼きをお洒落に飾ってみたり「よお、太陽。今日も行くか」気分のいい朝ちょっと忘れ物なんかしちゃって</description>
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<pubDate>Sat, 01 Mar 2008 18:09:54 +0900</pubDate>

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<title>共存</title>
<description>満たされなかった陰が光に照らされるそれは常だそして常に陽だまりでもある満たされた陽だまりは日が傾けば陰常に陰だそして常に陽だまりでもあるオセロは白も黒も存在するどちらかが表かなんて事は100分の1にも満たない</description>
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<pubDate>Thu, 14 Feb 2008 19:18:00 +0900</pubDate>

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<title>私は月だ</title>
<description>私は月だ太陽の光を受けて地球が輝き、月が輝く貴方の光を受けて世界が輝き、私が輝く私は月だ時には半分しか輝かずに、時には満ちて輝く時には影でがんばって、時には幸福を味わう私は月だある時、日食、月食という神秘を生むある時、素晴らしく、神秘的に･･･私は月だ貴方は太陽だ誰の手にも及ばない、遥かなる宇宙に浮かぶ</description>
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<pubDate>Sat, 02 Feb 2008 00:17:00 +0900</pubDate>

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<title>箱の中の海</title>
<description>固く閉ざされた箱の中ぬるい水の中にいつまでいたの？こんなに暗い闇の中でひざを抱えて酸素だけを求めて君を救う箱の中の海ぬるい水の中は永遠の安らぎこんなに暗い闇の中は君の空想でじわじわと圧縮されて箱の隙間から光が溢れて君の空想を消し去って僕が来た目を覚ましてほしくて</description>
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<pubDate>Sat, 19 Jan 2008 18:06:47 +0900</pubDate>

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<title>セカンドライフ</title>
<description>　「セカンドライフ」という仮想世界（バーチャル・ゲームふう）の話題を、朝日の記事（夕刊・１面 2007-11-17 ）が取り上げている。さんざん手垢のついた話題だが、今さら取り上げている。　で、その内容は、　「仮想世界で楽しむと、素晴らしい電脳世界が楽しめる」　という話。　──　この記事、本気でしょうかね？　何らかのジョークでしょうか？　　(1) 「セカンドライフは面白い」という話題ならば、あまりにも遅れている。１年ぐらい古い情報。今では化石的で、ほとんど無意味。　(2) 最近では、「セカンドライフにはまって、引きこもりになる」という弊害の方が、話題になっている。　(3) 「セカンドライフはしょせんは金儲けの手段にすぎない。人々をうまく取り込んでボロ儲けしている会社があるだけ」（仮想世界の土地を馬鹿高値で売りつけるから）という方が、真実に近い。　(4)　セカンドライフの利用価値があるとしたら、企業の宣伝だけである。企業が仮想世界で宣伝して、愚かな人々を広告世界に取り込んで、洗脳してやろう、というだけ。人をだます詐欺的な価値があるだけ。　(5) 詐欺師にとっては有益だが、一般の人間にとっては有害性の方がある。こんなもので引きこもりを大量生産するより、「現実世界で生きるべき」（ファーストライフを生きるべき）と語る方が真実だ。　以上の５点を述べるのならば、まだわかる。しかし、「セカンドライフは素敵だ」とばかり書くのは、どういうことなんでしょうかね？　わけがわかりません。--------------------------------------------------------------------------------　［ 余談 ］　余談だが、同日の読売のめだつ記事は、「出産医療システムが崩壊しつつある」という警鐘。　立派である。国家の崩壊という緊急事態を直視して、警鐘を鳴らしている。（どういう問題があるのかは、泉の波立ち　2007-11-18 の項目を参照。）　ひるがえって、朝日はどうか？　「仮想社会で遊ぶのは楽しいですよ」と浮かれた話。　この二社を対比すると、次の通り。　 ・ 朝日　……　仮想社会で夢想をいだかせようとする。　（洗脳・妄想）　 ・ 読売　……　現実社会の問題点をまさしく指摘する。　 （現実直視）　人々が朝日の言うことに従えば、人々が仮想社会で遊んでいるうちに、現実社会は崩壊する。　人々が読売の言うことに従えば、人々が現実社会を直視して、何らかの対策を取るので、現実社会の崩壊を食い止めることができる。　どちらが新聞社のやるべきことだろうか？　</description>
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<pubDate>Wed, 21 Nov 2007 16:34:56 +0900</pubDate>

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<title>誰も読んじゃくれないだろうな。</title>
<description>発展と安定は、喩え共立できても互助し得ない、水と油です。　資本主義は発展のカルト。安定を食らい飽きない肉食獣。　蹴落とし合い、格差を作り、スラムと犯罪を生み出します。　しかも。　恐ろしいことに資本主義は、政情を超える鉄杖を与えられています。　行政は富裕層に効果的に頼る税制を、持っていません。　これは政界の、資本主義経済に対する屈服です。　所謂、『金さえあれば』的な世界。　軍部暴走によるシビリアンコントロールという発想は生まれましたが、黄金の野獣に対する頚木は未だ。　何故なら、現在地球上が総てそれら獣の闊歩する原野だからです。　食らい、闘い、増長して己が身を満たさなければ、噛殺される。　しかし。　その内一つの歯牙が度を越えようとしています。　医療。　その始まりは、外科、そして内科、つまり、戦傷治療と、流行性感冒対策です。富国強兵の指向です。　ですが、微に入り細に入り、発展を究めるにつれて、本来目標を逸れかねない事態に陥りました。　人が生き過ぎてしまったのです。　そして、誰を生かし誰を殺すか、国家標榜とも相俟って、適用対象を絞り込めないままそれは暴走を続けています。　未来は見えています。　それが齎すのは、資源の枯渇と、叛乱の兆候。　先進国化が皮肉にも、発展途上国的な人口爆発を招き、資源の搾取は加速を窮めます。　餓えた人が集えば、波となりうねりとなり、蝗の群れのように豊穣を根こそぎ食らっていくでしょう。　しかも、不幸なことに、中間期に訪れる、不可就労者割合の増大。　経済的弱者は、罪無き餌食です。　社会は、世界は、人は、正気を保てるでしょうか？　幾つの禍が起きた後でしょうか。　転機は訪れざるを得なくなります。　様々なものが破壊され、刷新を余儀なくされます。　コモンセンス、コンセンサス、法理念、法体系、主義思想、国体、人権。　いや。　そもそも正気とは何なのでしょう？　それでも。　血路を辿って行き着いた先はやはり原野です。　以前と何ら変わりない、食い争いの惑星。　いえ、残されるのは荒野でしょう。　踏み荒らされ、こそぎ獲られた痩せ野原。　掲げられた耳障りの好い、『人道主義』という、旗に描かれたモチ。　それすら極論であり、行き過ぎは破滅を呼ぶことを忘れてはいけません。　人口限界は資源の限界です。　資源とはオイルだけではなく、農耕地、牧草地、採集地、鉱脈、水脈、酸素源、そして時間や労働力をも指します。　医療と生存保証が打ち捨てられないのならば、資源搾取を如何に制限し、それを回復させ、そして効率化を図っていかなければなりません。　無作為な資源の散逸の涯てに、人間を生かすそれが枯渇し、高度社会にありながらも餓死や困窮、さらに低次元な奪い合いに蹴落とし合いを繰り返す、そんな闇黒の未来を招いてはなりません。　築くべき世界。　それは、資源の採取制限・回復・効率化・開拓。　現状に甘んじて奪い合いを繰り広げている場合ではないのです。それは、未来ではなく現在に、資源の搾取を許していることの証明でしかないのですから。　そんな社会の未来に光など差しません。　食料、エネルギー、水、酸素などライフラインの確保。そして労働力の効率化と生産。それによる新規資源の開拓。　そうした好い循環を造っていかなければ、もう、人間が甘えることの出来る既存資源は僅かなのです。　労働力搾取の誤魔化しである雇用形態の悪劣化(バイトでは長期就労が覚束ない＝生産性に欠ける)、サービス形態のお為ごかし(微々たる変化、被る皮換え)は、目先の小銭しか稼げません。国単位での算盤勘定をするならば、取り締まりすらするべき無駄な労働です。現に、NEETに見破られているではないですか。それらが無為なことだということが。　安定に絆され、発展を恐れる、飽和した先進各国。　平和ではありません。平和などありません。　あるのは安逸と緩やかな堕落、ジリ貧の暗い未来。　誰もが感覚的にわかっているはずです。　そこから抜け出すことこそが、真の覇道、新の王道の始点だと。　新しい世代に残すべきは、過去ではありません。　それは、豊かな可能性であるべきなのです。 </description>
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<pubDate>Tue, 20 Nov 2007 18:38:02 +0900</pubDate>

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<title>脳の次は。</title>
<description>最近、脳内メーカーの知名度が急上昇で最早知らない人の方が少ないと言えるまでになりました。しかぁし！俺はすでにその先へと突き進んだのである。というわけで見つけました。高校メーカー○○高校の○○の部分を自分で入力することによってその高校が一体どんな高校なのかを事細かく分かるというモノです。それでは早速、震牙高校という高校を作ってみました。震牙高校「校訓」　　脱線・未納・体験 ちょ、脱線って何だ！未納って年金か！？体験という言葉の前に「初」をつけるといいと思う（ぁ「生徒数」　　男子39名 女子259名　計298名 おっしゃああああああああああ！！！ビバ女子！ビバ女子！ビバ女子！「けど相手にされなかったら何人いても同じだよねー」・・・今、誰かにゲイボルグ投げられたような衝撃が。「偏差値」　４９・・・うん、普通過ぎてコメントできない。「出身者職業ベスト３」　　行政官・映画評論家・力士行政官はまだいいとして、残り二つがベスト３ってどんな高校なんだろうか？「主な留学先」　　カタール・タイ・キリバス・・・キリバスって何処？「進路」大学進学率10.1%　就職率69.1%大学30名（四年制25名　短期5名） 専修・各種学校44名民間就職184名　公務員22名　家事・その他18名・・・そっか、バカ高なんだね？で、最後に校歌なんてのもありました。右手に友情、左手に三角定規　法律すれすれ身体測定　3階建て緑の校舎　文化の香りたちこめる　成人病から逃げないで　飄々と「おへそ」が好きだと師に叫ぶ　一目置いて　震牙高校期待しないで　震牙高校・・・ちょっと思った。あれ？結構俺の内面と酷似してる？さぁ、みんなも自分だけの高校を作ろう！ </description>
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<pubDate>Sun, 18 Nov 2007 18:43:00 +0900</pubDate>

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<title>あれ･･･</title>
<description>気がついたら･･･夕方だったまた、机で寝た･･･はぁ～～～↓↓肩が痛い机で寝ると肩が凝るからヤダ!!!さぁまた勉強しないと。。。ガンバ!!俺!!! </description>
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<pubDate>Fri, 16 Nov 2007 15:55:10 +0900</pubDate>

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